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ご無沙汰してます

2010.08.05 20:04|myメモ+這α
 == 暑中お見舞い申し上げます ==


 今年は本当にとても暑いですね。
熱中症や食中毒なんぞにはならずに
皆様、お元気でらっさいますか~?

って、普通に始めてはいけませぬね。

 たいへん、大変お久しゅうございます。

ブログの更新だけでなく、連絡も途中で
途絶えさせてしまった方々、すみませぬ。

時間が経つのは本当に早いものです・・・。


 昨年の秋に父が亡くなりました。
その後もバタバタと忙しくしておりました。

去年は、私の肌の調子も最悪で、夏にはそれがピークになり
蕁麻疹が突然出たり突如アトピーと診断されたり。

父の事が一段落してからも、顔だけは悪化の一途を辿り
病院を替えたりしながら、ようやく治ったのは2ヶ月前です。

現在、私は元気ですので心配無用です~。が、しかし。

今後もこのブログは、定期的には更新できないと思います。
次の更新もいつになるかは、未定で。。。もしかしたら、近々
更新するかもしれないし、或いは又暫くこのままの状態かも
しれないし・・・・・・なんだか曖昧でごめんなさいです。


今年の夏は本当にとても暑いと最初に書いたけれど、
正直去年の夏がどれ位暑かったのかなんて覚えていません。
兄なんていても意味がないなあと強く思った事だけを鮮明に
覚えています。


父の事を詳しく・・・という方だけどうぞ↓(長文)



 父は、昨年年明けから寝込んでいて、2月に病院へ行った時には、既
に肺癌の末期との診断でした(タバコは一切吸いません)。

持病の糖尿病も悪化していて、癌の治療も積極的にできない時もありま
したし、途中、がんよりも糖尿がひどくなり、その結果、右下肢下部を
切断せざるを得ず、その時には背骨に転移した癌の影響で、下半身麻痺
も少しづつ始まりつつありました。

 普通の病院は、治療しても回復の余地がない患者をずっと入院させて
はくれません。治る見込みのない(悪化の一途をたどるだけの)患者の
検査だってしてくれません。(検査料を国民の保険料でまかなうのだから
当たり前と言われたらそれまでですが。)
なので、ある一定期間を過ぎると退院ばかりを迫られる訳です。
退院して自宅で介護するか、寝たきりのご老人が入院されているような
長期療養型の病院へ転院するか、ホスピスへ転院するかの3択です。
(医療行為が必要となる場合、老人ホームのような施設は受け入れてく
れません)

 長期療養型の病院を見学に行きましたが、高齢の方や寝たきりの方
ばかりでリハビリも積極的に行われる事はなく、ナースの数も少ないの
でナースコールを押してもすぐに対応できない(つまり放置される)と
の事で、高齢でもなく意識のはっきりした父が入院するには適当でない
と思いました。(というか、むしろここに入院すれば、すぐに弱っていく
のではないかとさえ感じました)ホスピスを待つ間だけであっても、ここ
に父を入院させられないと判断しました。

 次に、ホスピス(緩和ケア病棟)では、治療となる医療行為は一切行わ
れません。(現在の状態を把握する為の検査や痛みをやわらげる為の医療
行為はきめ細かくしてくれるけれども)

 最期をどう迎えるのか、どう迎えるべきか。患者本人や回りの人間も現実
から目をそらさず、色々考え、患者の希望を最大限叶えてくれる(或いは、
叶えようとしてくれる)のがターミナルケアを専門とするホスピスです。
(*残念ながら、充分にケアをせず(言葉は悪いですが)死ぬのを待つだけ
のようなホスピスもあります)

 正直、父の看病や手続き等、身の回りの様々な事よりも『出来るだけ早く
ホスピスへ父が転院できる為には』という課題が、一番重く私にのしかかり
ました。

 ホスピスへ転院したい末期癌の待機患者の数が、ホスピスの数より圧倒的
に多いのです。まず、面談の予約の電話が全く通じず(電話受付の曜日や時
間が限定されている事が多い)、運良く通じたとしても、面談の予約さえ場
合によっては数ヶ月待ち、いざ面談となって、入院の許可が出たとしても、
その後、入院できるまでに又数ヶ月。相手の言うがまま待っている時間など、
こちらにはないのです。

 複数のホスピスにコンタクトを取り、同時進行で待ち、例え入院予定が決
まっていても何度も電話して(少しでも早くなるように)訴え続け、結果、
一番早く空きが出たホスピスへまず転院し、そこで第一希望のホスピスへ
転院できる日を待ちました。

 最後の入院先、第一希望のホスピスでは、父はリハビリを頑張り、生まれ
て初めてアロママッサージを受け、痛みがマシな時間は、たくさん、本当に
多くの事を二人で喋りました。
母がいない分、父の気持ちを受け止めるのは私しかいなくて、最後の方は、
癌の影響が脳にも及び、脳圧の関係で怒りっぽくなったりする父をちゃんと
受け止める事が出来ず、今になって思うところは色々あるけれど、それでも、
あの時の私は限界が近く精一杯でした。

リハビリの先生のもとでリハビリを出来るだけ毎日頑張って続ける事は、
本人の希望でもありました。父にとって、リハビリは生きる活力でした。
リハビリしたって立ったり歩けるようにならないからと、最初のホスピスでは父の希望は
叶わず、他にも無神経な事を言われたり、色々ありましたが・・・・。


最後に父の最期までお世話になった第一希望のホスピスでは、短い間で
したが、先生や看護士さんは勿論、多数おられた様々なボランティアの
方々にも患者(父)だけでなく、その家族(私たち)にまで、様々なケアを
していただき感謝の気持ちで一杯です。
~私が病院を出た後、1時間ほどで父は亡くなったので、残念ながら最期には間に合わなかった
けれど、看護士さんに囲まれて、眠るように静かに・・・との事だったので、随分痛みに耐え、苦しんだ
父が、最期に苦しまなかったという事、それだけが救いです。


来月下旬には、もう父の一周忌です。
早いです。